Company:マースク再び(物流怪獣、大決戦!)

Company:マースク再び(物流怪獣、大決戦!)
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この企業の名前を挙げるのは、これが初めてではありません。ただ、ほんの半年前にA.P. モラー・マースク(A.P. Møller – Mærsk)取り上げたとき、わたしたちは「世界最大の海運会社」として紹介していました。

しかしいま、マースクは空運、トラック輸送、港湾運営、倉庫の賃貸、ラストマイル、通関、貨物輸送のプラットフォーム、物流ソフトウェア開発など、さまざまな事業を展開しています。つまり、現在のマースクはサプライチェーンのすべてに関わる物流のワンストップサービス企業になっているのです。

マースクが本格的な事業の多様化に乗り出したのは、海運業界にとって暗黒の年と呼ばれる2016年のことでした。海運業はそもそも薄利なビジネスですが、その年、欧州と中国で経済が悪化したことに加え、世界的に海運の輸送能力が拡大したためにコンテナ運賃は著しく低下しました。

マースクは20億ドル近くの損失を計上し、結果として同年9月に、利益の見込めない海運事業よりもサプライチェーンのなかでより収益性の高い部分に注力していく方針を明らかにしたのです。

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空運および陸運事業を強化したことで本業である海運事業は手薄となり、今年1月にはコンテナ取扱能力で世界最大手の座をスイスのMSC(Mediterranean Shipping Company)に明け渡しています。

マースクは25年間にわたり海運世界最大手の地位を守ってきましたが、最高経営責任者(CEO)のセーレン・スコウ(Søren Skou)にとって、この「首位陥落」は織り込み済みだったようです。スコウは『Bloomberg』の取材に対して、利益率の高い陸運事業を拡大する一方で海上輸送のシェアを失ったことに、問題は感じていないと述べています。

新型コロナウイルスのパンデミックによって、マースクの事業変革は加速しています。同社はコンテナ運賃の急騰で得られた数十億ドルの利益を使って物流企業の買収を進めており、この戦略が成功すれば、世界最大の海運会社から世界初の総合サプライチェーン企業へと変身を遂げる見通しです。工場から消費者の玄関まで、顧客は配送サービスのすべてをマースクに丸投げすることができるようになるでしょう。


BY THE DIGITS

数字でみる

  • 180億ドル(2兆667億円):2021年通期の純利益
  • 4,400万ドル(50億5,200万円):2019年通期の純損失
  • 738隻:保有する船舶数
  • 100万個:コンテナの月間取扱量
  • 6分に1隻:世界の港湾にマースクのコンテナ船が到着する頻度
  • 1,883ドル(21万6,200円):2019年の40フィートコンテナの平均運賃
  • 3,318ドル(38万1,000円):2021年の40フィートコンテナの平均運賃

SPENDING ITS PANDEMIC PROFITS

コロナの利益を……

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マースクはパンデミック期間中に210億ドル(2兆4,111億円)の利益を上げており、これを使って買収などを進めてきました。具体的には、2020年からこれまでに以下のような買い物をしています。


QUOTABLE

こんな発言も……

「物流会社が次のフェイスブックやアマゾンになることを避けるために、規制当局は目を光らせていかなければなりません。これは欧州諸国にとって警鐘なのです」

──海運貨物荷主の業界団体である世界荷主フォーラム(Global Shippers Forum)のジェームス・フッカム(James Hookham)

マースクがワンストップサービスを提供するようになれば、物流の仕組みは根本的に変わります。現在の物流業界では、船舶、航空機、トラック、鉄道といったさまざまな輸送手段はすべて異なる企業が保有しているため、中小企業が何かを輸送したい場合、「フォワーダー」と呼ばれる仲介業者と契約して自社貨物のためのスペースを確保してもらう必要がありました。

マースクはフォワーダーを排除して荷主と直接契約を結びたいと考えており、そうすれば効率化とコスト削減が可能になると述べています。しかし、この動きはリスクを伴います。現時点ではマースクが扱う貨物の大半はフォワーダー経由のものですが、フォワーダーたちはもちろんビジネスを失うことに反発しているからです。

フォワーダーの業界団体である欧州物流貨物協会(European Association for Forwarding, Transport, Logistics, and Customs Services、CLECAT)は、マースクが独占的な地位を確立しようとしているとして、欧州の規制当局に調査を行うよう求めています。


GODZILLA VS. KONG FOR SUPPLY CHAINS

物流怪獣 🦖 大戦争

世界のサプライチェーンを支配するというマースクの理想の未来には、アマゾンという思わぬライバルが立ちはだかる可能性もあります。マースクは貨物輸送からラストマイルという方向で事業拡大に取り組んでいますが、アマゾンは同じ道を逆向きにたどってきました

アマゾンはトラック輸送、在庫管理、ラストマイルといった分野で業界を主導してきた一方で、2016年には航空貨物事業に参入したほか、貨物船のチャーター自社専用のコンテナの製造も行っています。市場アナリストの間では、アマゾンは近い将来、マースクに対抗して独自の物流サービスを始めるという憶測が囁かれているのです。

両社がこの先も同じ道を追求するなら、今後10年以内に事業分野が重なる可能性はあります。貨物輸送の予約プラットフォームを運営するフレイトス(Freightos)でマーケティング部門を率いるエイタン・バックマン(Eytan Buchman)はマースクが海運から軸足を移そうとしていることについてレポートを書いていますが、「この2匹のまったく異なる怪獣の間で戦いが生じようとしているのです。それはこの先2〜3年で頂点に達するでしょう」と話しています。


COLLIDING AMBITIONS

環境のパラドックス

Maersk shipping container in front of a palm tree
Maersk wants to go green.
Image: Mario Tama/Getty Images

マースクは多角化に加え、2040年までに事業全体でカーボンニュートラルを達成するという目標を掲げています。今年1月にはネットゼロ実現の時期を10年前倒しすると宣言しており、環境面では競合のMSCやフランスのCMA CGM、ドイツのハパックロイド(Hapag-Lloyd)よりもはるかに先を走っているのです。

マースクはこの野心的な気候目標をマーケティングに利用して、イケアパタゴニア(Patagonia)のように、やはり2040年に向けた積極的な目標を打ち出している企業から契約を獲得しようとしています。しかし、世界的な航空貨物ネットワークを構築しようとすれば、炭素排出量の削減という目標に逆行することになるという問題があります。

航空貨物は海上貨物に比べて、1トン当たり22倍の二酸化炭素(CO2)を排出します。また、持続可能な航空燃料の開発はまだ初期段階にあり、向こう10年は広範な実用化は見込めないと言われています。つまり、航空機の排出量を減らす確実な方法はないというのが現状なのです。

環境団体シーズ・アット・リスク(Seas at Risk)のシニア政策アナリストのルーシー・ギリアム(Lucy Gilliam)は、マースクが空運事業に投資しているのは「気候変動問題に本気で取り組んでいない」証拠だと述べています。


今日の「The Company」ニュースレターは、テックレポーターのNicolás Riveroがお届けしました。日本版の翻訳は岡千尋、編集は年吉聡太が担当しています。


ONE 🤖 THING

ちなみに……

マースクが関心を示していない分野のひとつに貨物船の自動航海があります。高齢化が進む日本では、将来的な船員不足などの問題に対応しながら生産性を維持していくために、世界初となる無人運航船の開発が進められています。

👀 Need to Know:サプライチェーン混乱期の海運、次の一手

しかし、マースクCEOのスコウは無人での海運輸送というアイデアに興味はないようです。スコウは2018年の『Bloomberg』のインタビューで、「テクノロジーが進化したとしても、全長400メートルで重さが20万トンもあるコンテナ船を無人で動かす許可は出ないでしょう」と話しています。「わたしが生きている時代に無人運航が効率化の原動力になるとは思えません」


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