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India Explosion
爆発するインディア
毎週金曜の夕方は、次なる巨大市場で、テクノロジーの源流でもある「インド」の今、と主要ニュースを伝えていきます。
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インドはAndroid国家だ──それをApple以上に思い知らされた者はいない。
2011年に、初めてiPhoneを投入してから8年が経過するが、Appleは、この世界2位の巨大スマートフォン市場で、未だに「成功」を手に入れられていない。
当初こそ、iPhoneはインドの富裕層に一種の「ステータスシンボル」とみなされていたが、そんな幸せな時代はとうに過ぎ去った。今や、Appleのスマホシェアは「1%」を切る弱小へと成り下がっている(調査会社Canalys)。
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「Appleにはインドでウケるような、お手頃価格の製品がない」と指摘するのはアナリストのプラサント・ロイ氏。Quartzの取材に対し、「iPhoneは、Samsung Galaxy S10のような同等モデルより、はるかに高い。また、他の人気ブランドは、OnePlus 7 Proなどのようにボリュームゾーンに強い」と話した。
そんなインドでの惨状に歯止めをかけるべく、Appleは昨年11月、人事に手をつけた。Nokiaの元幹部アシシュ・チョードリーを、インド事業の責任者に抜擢したのだ。
その直前には、重要なポジションを担っていた人物が次々とAppleを去っていた。
- サンジェイ・カウル(インド事業の統括責任者)
- ラフル・ジェイン(販売・流通の責任者)
- ジャヤント・グプタ(商業チャネル統括)
- マニッシュ・シャルマ(通信キャリア販売部門チーフ)
そして、チョードリーの下で、Appleは新たな種まきをはじめている。
それは究極的には、インドを、Appleにとって、重点市場とするものだ。
Appleは明言こそしていないが、彼らは明らかに、インドに合わせた製品と価格の改善を図っているし、インドでの現地生産拡大に踏み出したほか、シェア拡大のための「修理モデル」の投入に加え、とうとう初のアップルストアまで開くことになったのだ。
その逆襲の全貌をリポートする。
The promise of iPhone 11
iPhone11の秘策
まず2018年、Appleはインドで、過去最低レベルまで出荷台数を落としていた。
その理由は、2017年に発売したiPhone Xなどの機種がインド市場と合わなかったことだ、とアナリストたちは指摘する。例えば、iPhone Xは、85,000ルピー(約12万900円)で、競合の高価格帯40,000ルピー(約5万5000円)と比べると明らかに高い。海外製のスマホにかかる20%の関税の問題はあるにせよ、そもそも特別な機能もない。
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だが、Appleはこの失敗から学んでいる。今年9月に発売されたモデルは、品質でも価格面も良くなった。
- iPhone 11(64,900ルピー=9万7000円)
- iPhone 11 Pro(99,900ルピー=15万円)
- iPhone 11 Pro Max(109,900ルピー=16万5000円)
特にカメラは、競合と比べても「おそらく最高品質で、おまけに画面サイズもバッテリーの持ちもいい」とIDCのアナリストは指摘する。評判も上々で、一部のレビューでは、「11」こそがコスパ最強のiPhoneとまで絶賛されたほどだ。
しかし、大半のスマートフォンが200ドル(約2万円)未満というインド市場では、改善後のAppleの価格でも、ほとんどの人にとっては手の届かない代物だ。
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だが、Appleが巻き返す可能性がないわけではない。Appleは今秋、iPhone7などの旧モデル群を最低10,000ルピー(約1万5000円)の値下げに踏み込んだ。
その直前、当初76,900ルピー(11万5000円)だったiPhone XRを、27,000ルピー(約4万円)値下げすると、売上は一気に上がった。 4〜6月の決算で「Rest of Asia(中国と日本を除くアジア)」の収益は、13%以上増加し、約36億米ドル(約3890億円)に到達した。
その理由こそが「この価格修正である」と、ティム・クックも5月に明言した。
とはいえ、道のりは果てしなく長い。あるアンケートによると、Appleはブランドとして認知度やクオリティーに対する評価こそ高いものの、「他の人に勧めるスマートフォンブランド」や「購入時に検討する特定のブランド」といった項目では、インドに入り込んだ中国スマホ「OnePlus」に遅れを取った。
Made in India
インド製のiPhone
理論的に言えば、Appleが、もっと手頃な機種を投入するためには、現地生産を進めるしかない。
インド政府は、インドを、Appleなどスマホメーカーにとって、魅力的な製造ハブにすることを目論んでいる。ちょうど、米中の貿易戦争のあおりで、メーカーが中国から拠点を移す動きが強まっているためだ。
特に、Appleはインドに10億ドル(約1100億円)を投資予定で、「Made in India」のiPhoneを世界に展開しようとしている。
「これでiPhoneに関税がかからなくなれば、売り上げはブーストするでしょう。iPhoneの価格が下がることで、膨大な数の人たちがiPhoneを買えることに気づくわけですから」と、TechSciのコンサルタント、スクリティ・セスは指摘する。
インドのIT省はすでに、Apple製品の生産を請け負う台湾企業Wistron(ウィストロン)による計画を許可している。
それによれば、南部カルナタカの工場でのiPhone生産に7億ドル(760億円)をつぎ込む予定だという。ウィストロンは、旧モデルのiPhone SEと、6Sをインドで生産しており、3月にはiPhone7が加わった。
アップルの生産の大部分を請け負うFoxconn(鴻海)は、東部チェンナイ近くのスライペルンブドーでiPhoneXとXS、XS Maxを製造しているが、さらに3億5000万ドル(380億円)を生産能力の増強につぎ込む予定だ。
報道によると、鴻海によるiPhone11の生産は、月産25万台に上りそうで、うち75%が国外市場へ輸出されるという。
Refurbishing(修理モデル)
Appleは長年、インドでiPhoneの修理モデルを認証販売しようと考えてきた。各国から旧式のiPhoneを輸入して、それをインドで修理して販売するのだ。
こうして手頃な価格のiPhoneを販売することで風穴を開け、より忠誠心の高い顧客を生み出そうとしてきた。また、旧型のiPhoneを再販売するのは、新しいデバイスをイチから作るよりも、環境的なインパクトは小さい。
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しかし、インド政府はこれまで、このアイデアを、頑なに突っぱねている。それは、電子機器の廃棄物問題が雪だるま式に膨れ上がっているからだ。インドの権力者たちは、外国企業が、インドで電子機器を「捨て」てほしくないと思っているし、それは地方政府がやるべきことだと考えている。
そもそもインドの消費者自身が、わざわざiPhoneの旧来モデルを購入したいなんて思わないかもしれない。競合の最新モデルで、ほとんどのことができてしまうわけだから。
もし、Appleの中古製品が2万〜3万ルピー(3〜4.5万円)になったとしても、「消費者は間違いなく、小米やOnePlusなど、ミドルレンジを制している主要ブランドの最新モデルと比べるだろう」と先述のロイは指摘する。
Retailing(販売店)
Appleは、3年にもわたって、インドで最初の店舗を計画してきた。
2016年5月、クックは初めてインドを訪問し、モディ首相と会見。同時に、ボリウッドのパーティーやクリケットの試合に参加し、ガネーシャの寺院でお祈りまで披露した。この旅は功を奏し、わずか1カ月でアップルストア開業の許可が降りたほどだ。
しかし、実際にはなかなか動かなかった。というのは、原材料のうち最低30%を現地調達するという要件にAppleが達していないからだ(インドは、51%以上を外資企業が出資する企業に、これを課している)。Appleは現状では、MapleやNyasaといったサードパーティ、もしくはアマゾンやPaytmなどのオンラインでしか、製品を販売していない。
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政府側は、Appleへの要件を緩和することに決め、今年の5月には、ムンバイでの候補地を選定していることが明らかになった。アナリストは、最初のストアの開店が2020年後半になると予想している。
Appleは、世界で小売拠点を500カ所以上に構えており、多くが中国や香港など彼らにとっての成長市場にある。
「インドのように多様性に満ちた国において、製品に触れたり、感じたり、経験できるオフラインの実店舗は、あらゆる小売企業にとって、本当に重要なタッチポイントなのです」とIDCのシンは言う。
Beyond iPhones
わずか150円のTV+
iPhoneは、一時期Appleの売上高の3分の2を占めるほどの最重要製品だったが、今は、ほかのプロダクトもインドで提供され始めている。
特に、西洋諸国で巨大になっているのが、Appleのサービス事業だ。インドでの事業別売上高は公表されていないが、Appleが明らかに挑戦的な価格設定をしているのは間違いない。
例えば、Apple Musicは、月額120ルピー(約200円)で契約できる。アメリカの月額10ドル(約1100円)と比べたら、その差は歴然としている。Appleの次のオリジナル動画サービスである「Apple TV+」も、インドでは99ルピー(約150円)だ。
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これは、ネットフリックスの500ルピー(約800円)や、アマゾンの129ルピー(約200円)と比べても、挑戦的な価格設定といえるし、アメリカでの4.99ドル(600円)との差は歴然だ。
After China(減退の中国を超えて)
中国での巨額投資をなかなか回収できないAppleにとって、インドは特別に重要な市場となった。
2016年、中国政府は、iTunesの映画やiBooks、そしてニューヨーク・タイムズのアプリへの接続を切断するようAppleに命じた。同じ年、iPhone6と、iPhone6Sの電源が突然落ちたり、爆発することが、多くの中国ユーザーから報告された。
Appleは、顧客らの需要減退や、価格競争力の低下など、他にも中国で日常的にトラブルに苛まされている。
今年1月には、2002年以来初めて、売上の見通しが前年比で減少した。その理由の一つが、中国におけるiPhoneの減速だ。
とはいえ、インドも、Appleにとっては突破しにくい市場であり続けるだろう。その最大の障壁は収入だ。インドの一人あたり年収は2015ドル(約22万円)と、中国(9770ドル=110万円)と比べても、相当低い。アメリカの6万ドル(660万円)と比べると、天と地の差だ。
Appleは、インドでは、挑戦的な価格設定をしないといけない。しかも、野心的でオンリーワンの輝きを保ったままで。
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(翻訳・編集:鳥山愛恵、写真:ロイター、Apple)