Deep Dive: New Consumer Society
あたらしい消費社会
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Quartz読者のみなさん、こんにちは。毎週木曜夕方の「Deep Dive」では、新たなトピックとして「あたらしい消費のかたち」をテーマにニュースレターをお届けします。今週は、現代における「クール(カッコよさ)」について考察します。英語版はこちら(参考)。
「あなたにとって誰が、何が“クール”なのか?」。ルイジアナ州ニューオーリンズのテュレーン大学の英語教授で文化史家でもあるジョエル・ディナースタイン(Joel Dinerstein)は、20年以上にわたって、学生たちにそう問い続けてきました。
2017年に刊行された『The Origins of Cool in Postwar America』のほか、このテーマに関する多数の本を著しているディナースタインが大学で担当しているのは、「クールの歴史」に関する講義です。5〜6年ほど前(あるいは、もう少し前)から、彼は生徒たちの答えが変化していることに気付きました。
「社会活動家や政治活動家でもない(あるいは、少なくともそういう姿勢をもっているのでもない)、ただ有名なだけの人を“クール”だとは思わなくなっていました」と彼は話します。「クールであることと政治的な姿勢は長い間、本当の意味では結びついていなかったので、この現象は全く新しい捉え方でした」
Birth of the cool
クールの誕生
1930年代後半の米国(南部)には、人種差別的内容を含むジム・クロウ法が存在していました。黒人がジャズクラブで「クール」という言葉を生み出したのはちょうどそんな時代で、それはむしろ、ミュージシャンの超然とした態度を表現するものでした。つまり“不正を正すこと”ではなく、“不正にあっても冷静を保つこと”を意味していたのです。
以来、クールは大きく変化し、製品やブランドにも適用されるようになりました。
2020年のクールがもつ影響力は、気候変動に対する意識の高まりやBlack Lives Matter(BLM)のような人種的・社会的正義を求める運動、政治的な争いを反映しています。そして何より、ソーシャルメディアが物事を定義する現代という時代を、反映しています。
現代のクールは、世界で何が起こっているのかについて情報を得て関心をもつこと、あるいは、自分がそうであるように見えることを指しています。
It’s cool to care
気にかけること
何十年ものあいだ、クールはマーケティングにおいて力を発揮し、世界で成功している企業のアイデンティティに欠かせないものでした。
1980年代のナイキやアップルが築き上げたブランドイメージの鍵を握っていましたし、Supreme(シュプリーム)からテスラに至るまで、新世代の企業にとってもクールが重要な要素であることに変わりはありません。
「クールとは何か」を追求するなら、ファッションが分かりやすいでしょう。製品の機能性よりもイメージやトレンドを重視することが多いこの業界は、とりわけ“カッコよさ”を重視しています。
先日、ロンドンに拠点を置くトレンド予測会社WGSNのレディースウェア部門の責任者であるサラ・マッジョーニ(Sara Maggioni)に、2020年にクールなのは何かと尋ねたところ、特定のブランドやセレブ、服のスタイルなどは挙がりませんでした。
「クールとは、“気にかけること”」と、彼女は話します。「若い世代は本物を求め、より意味のあるつながりを求めています。今クールなのは、“教育”。政治に積極的であることが重要で、マインドセットは間違いなくシフトしています」
サラ・アンデルマン(Sarah Andelman)は、クールなものを見抜くことに定評がある、ファッション業界で名の知られた人物。彼女はブランドコンサルタンティング会社のJust An Ideaを設立する前、2017年に閉店したパリの伝説的なセレクトショップColetteの共同創業者兼クリエイティブディレクターを務めていました。「今日クールなことといえば、それは他人や地球を気遣うことだと思う」と、彼女は話しています。
ファッション業界では今、こうした社会的意識が若手や新進気鋭ブランドのコンセプトのひとつになっている一方で、H&MやZARAのようなファストファッションでもサステイナビリティへの取り組みが行われています。Gucci(グッチ)のようなラグジュアリーブランドも、インクルージョンとダイバーシティを推進しています。
しかし、懐疑的な人たちは、このパフォーマンスが誠実なものなのか、それとも見せびらかすためのものなのかと疑問を抱くかもしれません。
企業が多様性のあるモデルを起用している一方で、ファッション業界の上層部は決して多様ではありません。米国で人種差別を訴えている企業も、中国の少数民族ウイグル族に対する残忍な扱いについては沈黙を守っています。
旧来、クールとされてきた概念も、依然として消えたわけではありません。TikTokインフルエンサーからレトロなエアジョーダンのようなスニーカーに至るまで、クールとされる商品や人々の多くが社会的・政治的な活動とは結びついていません。とはいえ、今では、『Highsnobiety』や『Teen Vogue』などのファッションメディアでさえ、商品やトレンドに関する記事や投稿の中に政治に関する話題を含んでいるのが現状です。
今では、企業やセレブリティが立場を明確に表明することも一般的になりました。1980年代後半から1990年代にかけて活躍した“クール”なバスケットボール選手はマイケル・ジョーダン(Michael Jordan)で、彼は現役当時、政治に関与しなかったことで有名でした。しかし、今日最もクールなバスケットボール選手は、ソーシャルワークや人種的正義のためのサポートを続けるレブロン・ジェームズ(LeBron James)、ということになるでしょう。
2017年にグーグルが発表したレポートでは、10代の若者に対して「何をクールと思うか」について調査していますが、その回答は、「“博愛主義”で“本物である”有名人が最もクール」だというもの。エマ・ワトソン(Emma Watson)がフェミニズムを推進したり、カーディB(Cardi B)、ミーガン・ザ・スタリオン(Megan Thee Stallion)、テイラー・スウィフト(Taylor Swift)などの歌手が政治やその他の問題について自分の意見を表明していることが、いい例でしょう。
What “cool” is
クールって何?
クールということばが生まれた当初、その本意は「人目につかない」「飄々としている」ことにありました。クールという言葉を広めたとされるジャズ・サックス奏者のレスター・ヤング(Lester Young)のように、「熱狂」とは対照的な「リラックス感」こそがクールでした。
また、ジャズにおけるクールは、ステージ上の黒人アーティストのパフォーマンスについてのステレオタイプを覆しました。当時の白人の観客は、黒人のミュージシャンが笑顔でいることを期待していました。黒人アーティストは、白人を楽しませることができなければ仕事を失い、あるいは暴力に直面する危険性と隣り合わせでした。しかし、1930年代になると、黒人のジャズ・ミュージシャンたちは、こうした風潮を否定し始めます(「彼らは白人に対して、ニヤニヤする“黒の仮面”を捨てるようになった」前出のディナースタイン)。
1940年代、黒人のジャズを愛するアウトサイダーな白人たちは、クールの定義を「米国の反逆者の、孤立した状態の総称」として変化させていったのです。
一方で、クールという概念は、マーケターにとって有用なものになりました。1960年代までには、マーケターは製品のブランド化と販売のためにカウンターカルチャーを掘り起こし、1980年代にはナイキやアップルのような企業がブランドイメージを構築。そして、クールはコモディティ化されたのです。
ケイレブ・ウォーレン(Caleb Warren)はアリゾナ大学のマーケティング准教授で、15年間に渡ってクール、とくにブランドや製品に適用されるクールを研究してきました。
彼の研究によると、欧米の消費者にとってクールとは、「美的魅力」や「オリジナリティ」あるいは「ステータスの高さ」などといったさまざまな属性が関連付けられていることがわかります。さらに、その核となるものとして、「ポジティブであること」や「喜ばしいこと」といった要素が挙がります。「そして、そこには“自律性”が伴います」と、彼は説明します。
The forces reshaping cool
クールを再構築する力
人種的正義、フェミニズム、環境保護のための運動は何十年も続いているのに、なぜ今、クールは変化しているのでしょうか? 完全には明らかになっていませんが、いくつかの要因が関係しているのかもしれません。
ひとつは、世代交代であり、クールを再定義し続ける力です。たとえば米国では、人口の半分以上がミレニアル世代以下になり、彼らはほかの世代よりも人種的に多様で、BLMのような運動を支持する傾向があります。また、高等教育を受けている人も多く、伝統的な性的役割に固執する可能性は低く、気候変動を脅威的なものと理解して育ったため、環境への関心が高くなっています。そして、若年層はより多くの活動に参加しています。
「社会がポジティブに捉えているものは、時間の経過とともに変化していきます。問題が社会的にポジティブに捉えられるようになると、その問題に目を向けることができるか、あるいは普段の生活の中で行われていることを超えて前進することができるかどうかを見ることができるようになります。そして、その行動がよりクールに見えるようになるかもしれません」と、ウォーレンは述べます。
もうひとつの否定できない影響は、若い世代の信念を形成するのに役立っているもの、インターネット、とくにソーシャルメディアです。
インターネットは、情報の広がり方や人と人とのつながり方を根本的に変えました。以前はほとんど聞く手段がなかった声を、今では誰もが目にするようになり、直接関係のない人々も巻き込むようになりました。今年6月のBLM運動は世界中で行われたデモをはるかに超えるものでしたが、それもネット上で拡散した警察による暴力映像がなければ、考えられないことだったでしょう。
ウォーレンは、クールが過去と根本的に違うとは考えていませんが、ソーシャルメディアがシフトさせていると考えています。「情報の伝達が非常に速くなったため、物事はより早くクールになり、より早くクールさを失うことになるのでしょう」
WHO DECIDES THAT?
誰がクールを決める?
どの業界でも、一般的には何がクールかが決められていました。音楽では特定のアーティスト、レコード会社、またはDJを意味し、ファッションではデザイナー、編集者、ショップなどがそうだったかもしれません。
しかし、今では、Instagram、YouTube、SoundCloudなどのプラットフォーム、中国では微博(ウェイボー)のような広大なネットワークがあるため、好みやトレンドを形成する、いわゆるマイクロインフルエンサーと呼ばれる大小のフォロワーをもつ何千人もの個人が存在しています。
専門家も同様に、マスマーケットが分断され、共有された嗜好や信念を中心としたコミュニティによって形成されたマイクロマーケットの世界へと分断されつつあると主張。たとえばファッションでは、批評家はトレンドがかつてのようには機能していないと言います。
時代を定義するようなルックスは少なくなり、人気が急速に上昇したり下降したりするニッチなスタイルが増加しています。とはいえ、ビッグトレンドはまだ登場する可能性があります。ストリートウェアは、スケートカルチャーとヒップホップにルーツがありますが、近年は圧倒的な人気を誇っています。それも、消費者のコミュニティがその人気を決定づけ、業界は彼らに従っているのが現実です。
クールの未来は、さまざまなニッチなクールのアイデアが散りばめられたように見えるかもしれません。唯一確実なのは、クールとは何かが変化し続け、より広い社会の先導に従って、企業や公人がどのように行動するかをわたしたちが形づくるということかもしれません。
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- 処方薬をオンラインで購入。2018年にオンライン薬局「ピルパック(Pillpack)」を買収したアマゾンが、処方薬の購入とデリバリーをオンラインとモバイル行うサービス「Amazon Pharmacy」を開始します。オンラインで薬剤師への相談がいつでも可能とのことで、パンデミックの影響による需要が今後、高まりそうです。
- レイシズムを連想させるとして、製品名の変更が続く。ネスレ(Nestlé)は、オーストラリアで発売されている2つのキャンディー製品の名称を変更すると発表しました。「Red Skins」は「Red Ripper」に、「Chicos」は「Cheekies」に変わります。
- Songfluenecerが仕掛ける施策。2018年に設立されたスタートアップSongfluencerは、TikTokで音楽をバズらせるために、データドリブンのテクノロジーを使っています。彼ら独自のアプリは、Songfluencerのネットワーク内のソーシャルメディアインフルエンサーと楽曲をペアリングし、魅力的なコンテンツを生成。数百万人のフォロワーに露出させるなどして、ユーザーをSpotifyやApple Musicなどのプラットフォームへ誘導させるようになっています。
- 現代社会を悩ますテーマを題材に。デヴィッド・フィンチャー(David Fincher)が、キャンセルカルチャーをテーマにしたTVシリーズを制作することが明らかになりました。「現代社会が、謝罪をどのように評価するかということ。わたしたちは厄介な時代を生きているのです」と話すフィンチャー。詳細はまだ決定していないとのことです。
(翻訳・編集:福津くるみ)
新たなビジネスは、その背景にあるカルチャーを知らねばつくれない! 世界各地で活躍する日本人VCが現地の声で伝える、月イチのウェビナーシリーズが始まります。世界を目指すビジネスパーソンはもちろん、ここ日本では何を生み出せるかを考えるための「次世代のスタートアップ地図」を描く時間を、ぜひ共有しましょう。第1回は11月26日開催。世界最大の民主主義国インドにフォーカスします。
- 日程:11月26日(木)11:00〜12:00(60分)
- 登壇者:河村悠生さん(Head of Global IP Expansion〈執行役員〉, Akatsuki)、久保田雅也さん、Quartz Japan編集部員(モデレーター)
- 参加費:無料(Quartz Japan会員限定)
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