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Tuesday: Asia Explosion
爆発するアジア
Quartz読者のみなさん、こんにちは。失敗を許容しない社会の被害者になっているのはほかでもない若者世代です。その最たる例ともいえる韓国で模索されている「第三の道」は、果たして成功するのでしょうか。英語版(参考)はこちら。
わたしが出会った21歳の韓国人女性パク・チョビンは、それまでデータ処理のアルバイトをしていましたが、仕事を辞め、次のステップを模索する若者のための“隠れ家”に応募することにしました。
その隠れ家の名は「Don’t Worry Village」。発案したのは、33歳のホン・ドンウ。彼は自身のスクーターのスタートアップでの成功を経て、韓国の若者たちが社会的なプレッシャーから逃れて立ち寄れる場所を開きたいと考えていました。
韓国の農村部では、進行する高齢化が問題になっています。空き家の再開発プログラムが政府主導で進められていますが、ホンはプログラム下で資金を獲得。南西部沿岸部の木浦市に建つ空き家でDon’t Worry Villageをスタートさせました。
Don’t Worry Villageに参加するには、複数回に及ぶ面接を通過しなければなりません。選考を見事通過すれば、参加者は6週間、少額の費用でそこに住むことができます。さまざまな趣味を探求し、新たな人との出会いを得ながら、田舎でののんびりとした時間を過ごすことになります。ホンはそこを、「韓国人が“もう一度挑戦するチャンス”を得るために行く場所」と呼んでいます。
かつて専門学校で学び、再び学校に戻り音楽プロデューサーになる道を模索しようとしているパク。彼女は、韓国人の若者の多くが「一度の失敗は、人生全ての失敗を意味する」と感じていると言います。
再チャレンジを期するパクは、Don’t Worry Villageの申請手続きに必要なポートフォリオを準備するために、3日間寝ずに作業したと話してくれました。
#FailBetter
よりよい失敗って?
韓国では、ある一定の世代は、小さなころから“成功”という巨大なプレッシャーの下での生活を余儀なくされています。そして今、ようやく“失敗を受け入れる”という考えが支持を集めるようになってきました。
そうした彼らのプレッシャーは、経済的なものから学問的、家族に関するもの、あるいは美容にまで及んでいます。
成功への渇望は、戦後数十年を経て、韓国を今日のような経済大国へと発展させました。しかし、多くの韓国人、特に若い人たちは、もはやそれは現実的ではないと感じています。「ヘルコリア」とも呼ばれる、この国を一種の地獄絵図として描くナラティブも、よく知られるに至っています。
「韓国は“努力すれば、しただけ報われる”という国で、その考え方はかつて成功していたといえます。しかし、同時に、この国は成功と経済的な成果だけを重視する社会になり、競争が激化したのです」。ソウル大学の社会学者イ・ジェヨルは、そう語ります。
彼は最近も『If You Were Born Again, Would You Live in Korea』という本を出版し、韓国における不幸せと自殺率の高さの原因を探っています。
韓国政府も、こうした社会不安には注目しているようです。2018年、ソウルでは第1回となる「失敗エキスポ(Fail Expo)」が開催されました。発想のもとになったのは、2010年にフィンランドで誕生した「国際失敗の日(International Day of Failure)」や、2017年にオープンしたスウェーデンの「失敗の博物館(Museum of Failure)」。エキスポ開催によって、失敗と成功に対する国民の意識を変えるのが目的です。2018年の第1回エキスポには「よりスローペースの人生を」を標榜する文在寅(ムン・ジェイン)大統領も訪問し、メッセージボードに「みんなでこの困難な時期を乗り切ろう」との書き込みを残していきました。
2019年9月に開催された第2回のエキスポのスローガンは「#FailBetter(#よりよく失敗しよう)」。このスローガンは、文脈によっては向上心に満ちたものに読めますが、苛烈な環境で生きる韓国の若者からすれば、焦燥感に満ちた命令として受け止められうるメッセージです。
韓国の20代の失業率は全体の約10%もあり、大卒者を含む多くの若者がアルバイトや契約社員の職に就いています。サムスンやロッテといった大手財閥系企業に就職するか、あるいは公務員になれなかった若者からは、“その他の道”を追求するための社会的なサポートがほとんどないと懸念する声がしばしば聞かれます。
音楽プロデューサーを志望するパクも、そうした若者のひとりでした。大学の学位を取得する代わりに仕事に就いたのも、安定していて給料がいい仕事を見つけたからだと言います。「でも、時間が経つにつれ、何かが足りないような気がして。大学に進学し夢を追いかけている友人を羨ましく思うようになりました」と、彼女は言います。現在の彼女は、将来の音楽の勉強のための準備をしながら、貯蓄とパートタイムの仕事で日々をしのいでいます。
I felt like I was standing alone
一人で立っているよう
2019年の失敗エキスポは、ソウル中心地の広大な光化門広場で開催されました。会場には、中小企業経営者に対する政府の支援や倒産相談などのサービスを紹介するブースと並んで、失敗を経て再出発した起業家たちのサービスを展示するブースも並んでいました。
この日会場を訪れていたスコット・パクは、40代のテキスタイル業経営者。経済的な事情から廃業を考えた彼は、相談のためにエキスポ会場を訪ねました。韓国は輸出主導型経済のため、グローバル貿易が減速すれば逆風にさらされてしまいます。
パクもまた、多くの若者同様にセーフティネットが不十分ななかで失敗に直面することの困難さを、感じていると言います。「韓国でひとたび“落ち”れば、そのままどん底に落ちるだけ。いったい誰が対処できるというのでしょう」と顔を曇らせます。
A society in need of healing
癒しを必要とする社会
失敗エキスポで目立ったのは、自己啓発やメンタルウェルネスをテーマにした展示でした。ハンモックやタロットカードを使ったブースや「体験! 失敗に共感しよう」と題したペインティングセッションなどが設けられていましたが、いずれも、韓国の成功への執着心の暗部を浮き彫りにするかのように思われてなりません。
博覧会が終了したちょうど数日後、韓国政府は前年の死亡者の死因に関する最新データを発表しました。2011年以降、自殺率はゆるやかに低下していましたが、2018年は前年比9.7%増となりました。自殺者数は、10万人あたり24.7人に及びます。OECD加盟36カ国の中で最も高い数字で、リトアニアを抜いてトップに返り咲く結果となってしまいました。
実際のところ、10〜39歳までの韓国人の死因のうちもっとも多いのが自殺によるものです。(2018年)。政府は、有名人の相次ぐ自殺報道が模倣事件を助長したとも指摘しています。
韓国では、家計における借金が多いとされており、経済的な問題からくる家人の殺人や自殺の報告も多くみられます。経済的な失敗と自殺の間に密接な関係があるともいわれており、2014年の『Korea Herald』の報道によると、幼い子どもやティーンエイジャーを除くすべての年齢層で、経済的な問題が自殺を考えた理由の第1位にあがっています。
この日、エキスポ会場に満ちていたのは、失敗の代償に対する怒りであり、同時に成功の価値に対する怒りでした。
エキスポを主催した内務省次長のユン・テウンは、政府が失敗に対する世間のイメージを変えようと手を尽くす理由のひとつとして、この国の自殺率の高さを挙げています。一方で、折しもこの年、エキスポ開催直前にチョ・グク法相(当時)の娘の不正入学疑惑が発覚し、会場では大規模な抗議活動が起きていました。大音量の抗議の中、壇上に立ったユン次長は「社会には、もっと癒やしが必要だ」と声を上げていました。
話をDon’t Worry Villageに戻しましょう。音楽プロデューサー志望のパク・チョビンは、応募から2週間、幾度にもわたる面接を受けたものの、選考に漏れたという連絡を受けることになりました。その理由は「予算の削減」。
失望を隠さないパクは、こう言います。「村に入ること自体が競争みたいですよね。もう二度と応募するつもりはないでしょう」
This week’s top stories
今週の注目ニュース4選
- 東南アジアのEC成長が止まらない。シンガポール発のECサイト「Shopee(ショッピー)」の幹部は、この変化を「広く、深く、不可逆的」なものだと捉えています。「iPrice(アイプライス)」の統計によると、ベトナムでは完全ローカル化されたC2Cマーケットプレイス「Sendo(センド)」、インドネシアでは「Tokopedia(トコペディア)」が存在感を放ちます。東南アジアの根強い“現金文化”に対応するべく代金引換払いサービスを提供する企業も。
- Zoom、中国ユーザーへの直接販売を停止。5月中旬にオンラインサブスクリプションを停止し、中国本土での無料ユーザー間のビデオ会議が実施できなくなっていたZoomは、今月23日から本土での直接販売を停止することを8月3日に正式に発表。今後はサードパーティのパートナーを通じてのみ販売する予定です。なお、Zoomは変更の理由について一切言及していません。
- 「ネット環境がないから」オンライン学習は嫌。次学年での学習形態について、オンライン授業を歓迎しない親は880万人に登ることがフィリピン教育省(DepEd)の調査で明らかになりました。一方、オンライン学習を望むとしたのは330万人でした。回答した家庭のうち、ブロードバンドインターネットを利用できるのは188万人で、68万人は街のネットカフェなどからオンラインで接続するそうです。280万人以上の人が完全にアクセスする方法がないと回答しています。DepEdは毎週、保護者向けのサポート学習をオンラインで配信していますが、そもそも“届いていない”可能性も指摘されています。
- 「偽酒」による死者100人超。インド・パンジャーブ州北西部で偽の酒を飲んだ死者が105人にのぼり、これを販売した疑いで24人以上が逮捕されています。なかでも被害が大きいのが5日間で80人が死亡したタルタラン地区。ここでは当局の物品税担当者と6人の警察官が逮捕されています。偽の酒にはメタノールや工業用アルコールなど有害な物質が含まれており、国内で違法に生産され、「風通の」酒に手が届かない貧しい層が飲んでいます。
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